三橋節子美術館

障害と重病下で描いた愛と別離の情

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 大津市西部の長等山(ながらやま)は平忠度(たいら ただのり)の名歌「さざなみや志賀の都は荒れにしを むかしながらの山桜かな」で知られる琵琶湖を望む景勝地だ。その東麓には長等公園があり、サクラの名所として名高い。

 

 公園内には「長等創作展示館・三橋節子美術館」があって、日本画家・三橋節子(みつはし せつこ 19391975)の作品を展示している。彼女は重病と障害に立ち向かって制作を続け、36歳を直前にして亡くなったが、その間に人々を感動させる作品を残した。

 

 彼女は関西の人で、父親は京都大学の教員という文化的環境下に育ち日本画家を志した。29歳で日本画家と結婚し、当館の近くに居住して制作を続けた。当初は水辺に生える雑草などの描写を好み、それらを精緻に描いて雑草画家と揶揄されたこともあったという。

 

 その頃、愛児が生まれ、ひと時ながら幸福感に浸る時期もあったようだ。しかし、ほどなく右肩鎖骨腫瘍が見付かり、利き腕の右手切断に追い込まれた。それでも夫の勧めもあり、彼女は左手による画業を追求し見事にそれを実現した。

 

 それ以降、癌の転移による死去までの二年間、入退院を繰り返して迫り来る死を悟りながらも、めげずに創作に意欲を持ち続けた。その間、彼女は手術以前に比べてより精神性の高い優れた作品を何点も残している。

 

 彼女の代表作は湖の伝説、花折峠(はのれとうげ)、三井の晩鐘、余呉(よご)の天女などといわれるが、いずれも病気が深刻化してから描かれた作品である。 それらは琵琶湖の風物や近江の民話を背景にした静寂な情景の中に、子供や家族への愛情と別離の思いが描かれ、絵画に疎い筆者でさえそれらを見ていると、彼女の心情が伝わって来て胸が熱くなった。

 

なお当館には彼女が亡くなる七時間ほど前に書いた愛児宛ての穏やかで優しい文面の別れの手紙も展示されている。彼女については哲学者梅原猛がその著書「湖の伝説―画家・三橋節子の愛と死」で紹介している。

 

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(作成日; 14/03/30,  更新日;  )

 

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_駐車場_規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明_{最終確認日}

 

長等創作展示館・三橋節子美術館_大津市小関町1-1(長等公園内)_TEL 077-523-5101_

a)JR東海道本線(びわこ線)大津駅から1.9km(57degs. 0.9km)徒歩約25分

b)京阪電鉄石山坂本線三井寺駅から1.2km(24degs. 0.7km)徒歩約18分

c)京阪電鉄京津線上栄町駅1.1km徒歩約15分_

駐車場 あり(大型車は進入禁止)_小_大人_9:00-17:00(16:30)_月曜日(祝日に当れば開館し、翌日休館)、祝日の翌日(日曜日に当れば開館)12/271/5、展示替え期間(臨時)・業務上などの臨休あり_{13/03/27}