鈴木家住宅付属建物、さいたま市立浦和博物館、見沼くらしっく館

三百年近く恩恵を与え続ける用水路

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 旧浦和市の東部には今でも関東平野の広い田園風景が見られる。一帯の水田は東西二筋の見沼代(みぬまだい)用水によって灌漑されている。この用水路は江戸中期・享保年間に伊沢弥惣兵衛為永(ためなが 16631738)によって造成された。

 徳川8代将軍・吉宗は米将軍とあだ名を付けられるほど、米問題に関心を寄せていた。幕府の財政改革のため新田開発にも熱心で、紀州から伊沢為永を呼び寄せ、用水路の建設と新田開発を担当させた。為永は関東平野最大の見沼代用水などを手掛け、江戸時代の傑出した治水家の一人に数えられる。

 時代をさかのぼって江戸初期には、伊奈忠治が浦和市東部に灌漑用水源地として見沼溜井(みぬまためい)を造成した。見沼は広さ1,200町歩もある大きな溜井で、当時はこれによって下流一帯の灌漑をした。だがこの方式では水量が不足したのと、雨期に沼周辺で水害が発生し、また上流部の排水不良問題が表面化していた。

 そこで為永は貯水池によって下流域のかんがいを行う従来の関東流の方式を改め、用水路と排水路を組み合わせて灌漑する方式(紀州流と呼ばれる)を採用した。先ず排水路を造って見沼の水を抜き、その跡を水田に変えた。そこへ新たに開削した二筋の用水路で用水を供給した。

 この用水路は見沼に代わるものとして、見沼代用水と名付けられた。用水は埼玉県行田市で利根川から取水し、途中で二本の川をサイフォンと架橋で横断し、一部は在来河川を利用して延々と60キロを導水する巧妙な設計だった。

 工事は延べ90万人の労働力を掛けた大工事だったが、調査開始から3年弱、着工後半年の短期間で1728年に完成している。この結果、見沼と用水路流域で1,800町歩の新田が開発され、下流域の水不足も改善された。現在の工事の進捗速度と比べて、この時代の工事の速さは驚くばかりだ。

 竣工は為永が65才の時であり、将軍吉宗の期待を見事に果たしたといえよう。以来約300年近く、水は流域17,000町歩の水田を潤し続けていることを考えれば、それはすばらしい業績だ。写真は東西二筋の見沼代用水路の西側・見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)の現代の姿で、それが見沼通船堀と交差する直前の地点で撮影した(写真参照)

 さらに為永は用水不需要期の半年間、用水路と排水路を利用して舟運を行うことを計画した。そこで東西2筋の見沼代用水路の距離が約1kmと接近し、その中間を排水用の芝川が流れる地点を選び、それら三水路を結ぶ見沼通船堀を開削した。ただ代用水と芝川の水位差は3mほどあり、そのままでは船を通せない。

この水位差解決のため、彼は通船堀の東西に関を2箇所ずつ計4箇所建造した(1731年竣工)。これが日本初の閘門式運河であり、国指定史跡・見沼通船堀となっている。現地には閘門の一つが復元され、通船堀沿いは公園化された。近くには通船差配役鈴木家の江戸後期の建物もあり、付属建物だけが公開されている。

 「鈴木家住宅付属建物」には見沼と見沼代用水、見沼通船、伊沢為永などが紹介され、通舟に使われた縮尺二分の一の艜船(ひらた船)の模型が展示されている。通船は大正末期まで約200年続き、陸上輸送手段の貧弱な時代に当地方と江戸の物資輸送や当地の地域振興に大いに役立った。なお同家の前を通る県道は旧見沼をせき止めていた八丁堤上を利用している。

 本史跡から北に5キロほど行った旧見沼を見下ろす台地上に「さいたま市立浦和博物館」がある。当館は旧師範学校の中央部を復元した古典様式の洋館で小規模だが、ここにも通船堀や舟の模型、舟で使った片手桶、堀の水をせき止めた角落板(かくおちいた)、伊沢為永の寄進状などが展示されている。

 さらにここから北に3キロほど行った所に幕末期の豪農屋敷が「見沼くらしっく館」として公開されている。見沼の新田開発には周辺の村々が総出で協力したが、この屋敷は新田開発者の一人で見沼代用水の見守り役をも務めた名主の坂東家の屋敷を復原したもので広さ87坪もある。

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(作成日: 00/09/15、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

鈴木家住宅附属建物_埼玉県さいたま市緑区大字大間木 1885 国指定史跡・見沼通船堀のそば_

問合せ先;市教育委員会文化財保護課 TEL 048-829-1723_

JR武蔵野線東浦和駅から0.9 km(70deg.E 0.7km)徒歩12分_

駐車場なし_小_大人_

10:00-16:00_

公開日は毎土曜日・日曜日だけで、平日は公開しない_

なお見沼通船堀とその閘門はいつでも見られる_{17/04/30}

 

さいたま市立浦和博物館_埼玉県さいたま市緑区三室 2458_TELFAX 048-874-3960

a)JR京浜東北線北浦和駅東口から4.5km(55deg.E 3.5km),駅東口から少し離れた所にある東武バスのバス停で市民病院行きに乗って終点下車徒歩0.1km

b)その他各駅からのバスも利用できるが,上記のルートは一番本数が多い。_小_大人_

9:00-16:30_

月曜日(休日に当たれば開館)、休日の翌日(その日が土・日曜日、及び休日に当たる場合は開館)

12/281/4

特別整理期間(10日ぐらい)、展示替えなどの臨休や休館日の変更もある_{17/06/14}

 

旧坂東家住宅 見沼くらしっく館_さいたま市見沼区片柳 1266-2_TEL 048-688-3330_

JR大宮駅東口7番乗り場から国際興業バス浦和東高校行き・中野田引返場行き・東川口駅行きなどで6.7km(E 6.1km)25分「三崎台」下車そば_

駐車場 8台_小_大人子供_

9:00-16:30_

月曜日、年末年始(12/271/5)

月末日、

祝日(当日が土曜日・日曜日に当る場合と4/295/05及び11/03は開館)

(休館日の変更あり)_{17/06/14}

 

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