京都府京都文化博物館

万年春とは行かなかった都

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 京都の真ん中に「京都府京都文化博物館」がある。ここは京都盆地が形成されてから当地に住んだ人々の歴史を通史的に紹介している。さらに長い間に培われた伝統文化や風俗についても解説する。当館は町中にある博物館として、京都の歴史文化探訪の出発点になることを目指している。

 京都は784年の長岡京、及び794年の平安遷都以来、約1,100年近い長い間、日本の都であった。平安遷都に際しては「平安楽土万年春」と祝いはやされたそうだが、唐の長安を模して計画的に造成された大規模な都も、右京区域(西側)は低湿地で水害もあり、やがて寂れてしまった。

 京都では都に覇を競う政治勢力間の争いや火災・地震などが繰り返し発生し、町の実態は決して平穏ではなかった。例えば源平の戦い、応仁の乱、戦国時代の戦乱、維新時の騒乱その他と、多くの戦いが当地を舞台として行なわれた。地震も再三起こり、秀吉が創建した方広寺の大仏は完成直後に壊れてしまった。

 これらは京都の民衆を苦しめたが、苦難はそれだけではなかった。平安時代の摂関政治や室町幕府は民衆の生活など眼中に無かったから、飢餓や盗賊の被害も数多く発生している。平安時代、華やかな生活を送ったのは一握りの上級貴族だけだった。また銀閣を建てた足利義政やその正室・日野富子の時代も飢餓・戦乱・物価騰貴で庶民は大変苦しんだ。

 このような環境の中でも民衆は次第に力を付け、町衆文化は次第に興隆して行く。各種職人は品質の高い品物を作り出し、全国的な名声を獲得した。そして秀吉が全国制覇をすると、度重なる戦乱で荒廃した都の整備に着手し今日の町割りの基礎を作った。続く江戸時代には比較的平和な時代が続き、伝統文化や諸芸が発展し、京物と呼ばれる伝統産業が発展している。

 当館はこれらの歴史や文化の紹介のほか、時代劇映画のメッカ・京都の立場から映画資料のコーナーを設けている。また京都で活躍する芸術家の作品も順次公開している。当館の別館は重要文化財の旧日銀京都支店である。ただ残念なことに京物の紹介は常設展に限れば余りない。面積も足りず、他に展示施設もあるからかもしれないが、京都を知るスタートラインとしては少し物足りないようだ。

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(作成日: 99/10/16、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

京都府京都文化博物館_京都市中京区三条高倉_TEL 075-222-0888_

地下鉄烏丸線烏丸御池駅5番出口から0.5km,東へ徒歩 6,(70deg.E 0.3km)_

駐車場 有料約30台_大_大人子供_

10:00-19:30(19:00)

(なお特別展は10:00-18:00(17;30)だが、毎週金曜日は10:00-19;30(19;00))_

月曜日(当日が祝日に当たれば開館し、翌日休館)、年末年始(12/281/)

なお展示ごとに休室日を設ける場合もあるようで事前確認が望ましい_{17/01/08}