日下部民芸館、吉島家住宅、平田記念館

飛騨たくみの技を残す豪商の家

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参照(町人街B)  参照(町人街C)

 岐阜県の北部、高山市は桃山時代から飛騨国の中心だった。当地方は農業こそ振るわなかったが、木材と林産品、及び鉱産物に恵まれ、また木材加工技術が発達していた。すでに古代から飛騨工(ひだこう、ひだのたくみとも)は建築技術者として知られ、都の造営に従事していた。

 高山では木材加工品や漆器などを他国へ販売する取引が活発に行われていた。そして手広く商いをする商人、いわゆる旦那衆と呼ばれる町人階級が早くから興隆した。今でも豪商の屋敷がいくつか残っており公開されている。それらはいずれも火災後に、幕末から明治時代に再建された建物だが、その造りには飛騨たくみの技が見事に表現されている。

 高山の民家を見て目に付くのは、土間上部吹き抜け部分の高窓と、大黒柱に梁(はり)や束(たばね)が交叉する木組みだろう。特に大店では高窓から入る外光が照らし出す太い柱の立体的な木組みはいかにも頑丈そうで見る者を驚かせる。(挿絵参照)

 「日下部(くさかべ)民芸館」は御用商人だった日下部家の家で、1879年(明治12年)に建てられた。有名な棟梁が建てたそれは、飛騨たくみの腕が存分に発揮され、飛騨の代表的な町屋として重要文化財に指定されている。館内には昔使われた商売道具、調度品や衣装などのほか、生活雑器や民芸品も展示している。

 日下部家の隣が「吉島(よしじま)家住宅」だ。当家は18世紀後半から続く造り酒屋だった。現存の建物は1908年(明治41年)に再建されたものだ。この建物も名工といわれた棟梁の手になるものだ。それは豪快な構造の中に繊細な造作を加えた大きな町屋で、やはり重要文化財になっている。

 また「平田記念館」は三町筋(さんまちすじ)の一隅にある。平田家は18世紀後半に創業したビンツケ油とロウソクの大店で、後には酒造業や書店にも手を広げている。母屋は1897年(明治30年)の建築だが、土蔵は1780年に作られた古いものだ。表は意識的に質素な造りにしてあるが、内部は吟味した立派な造りになっている。

 館内には商売道具のロウの絞り機や帳場用品、ちょうちんやあんどんなどの照明器具、調度品や民具、及び商いや婦人の生活を描いた資料や書画などが展示されている。なお当館の周囲は高山市三町伝統的建造物群保存地区に指定されており、そこには古い町人街の町並みが残っていて、連日観光客でにぎわっている。

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(作成日: 01/09/12、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

日下部民芸館_岐阜県高山市大新町 1-52_TEL  0577-32-0072_

JR高山本線高山駅から1.3km徒歩17(NE 0.9km)_小_大人_

9:00-16:30(311)

9:00-16:00(122)

(なお7/209/20の金・土・日曜日は終了時間を延長)

(また12/291/39:00-15:00)_

12月から2月末の火曜日(当日が休日に当れば開館し、翌水曜日休み)

(3月〜11月の期間は無休)_{17/05/02}

 

吉島家住宅_岐阜県高山市大新町 1-51_ TEL 0577-32-0038_

JR高山本線高山駅から1.3km徒歩17(NE 0.9km)_小_大人_

9:00-17:00(311)

9:00-16:30(122)_

122月の火曜日(祝日は開館)12/291/1_{17/05/02}

 

平田記念館_岐阜県高山市上二之町 39_ TEL 0577-33-1354_

JR高山本線高山駅から1km(80deg.E 0.8km)徒歩13分_小_大人_

9:00-17:00_無休_{17/05/02}

 

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