太地町立くじらの博物館

くじらと共に生きた町

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 太地(たいじ)は紀伊勝浦の隣町で、紀伊半島の南端に近い。ここは古来、捕鯨の浜として知られる。当地は捕鯨発祥の地の一つとして数百年の歴史を持ち、人々は捕鯨で生計を立ててきた。太地の漁民は古くから各種捕鯨法を開発したが、その集大成が網取式捕鯨法であった。

 網取式捕鯨法は1675年に始まり、やがて西日本各地に広がっていった。この方式では網に鯨を囲い込み、手投げ銛(もり)で仕留めるものだが、小舟に乗った漁民が銛を片手に大きな鯨に立ち向かうのは命懸けだっただろう。

 捕鯨から解体処理までの一連の作業は、数百人の人手を要する大仕事で、多くの人がこの仕事で暮らし、紀州藩も捕鯨を奨励していた。ところが幕末には米国の捕鯨船が日本近海に来航し、北太平洋の鯨を取り尽くして太地の漁獲も激減してしまった。

 米国捕鯨船の目的は鯨油であり、肉は廃棄するという不経済なものだった。それから200年たった現在、米国が鯨保護運動の先頭に立って、日本を目の敵にするとは、まったく歴史の皮肉というべきだろう。

 太地くじら浜公園にある「太地町立くじらの博物館」は鯨と捕鯨の資料を展示している。セミクジラの巨体へ挑む勢子船の情景が実物大で再現されているが、当時の捕鯨は危険に満ちていたが勇壮な仕事だった。

 当館は捕鯨の歴史資料を展示すると共に、鯨に関する自然博物館としても充実しており、イルカなどのショーも公開している。近くにはキャッチャーボートの捕鯨船資料館もある。

 そして当館の裏口からは美しい岩礁の入江、鷲の巣遊歩道の散策ができる(写真参照)。そこには海洋水族館や熱帯植物園、さらに遣唐使吉備真備(きびのまきび)が唐からの帰路漂着した場所を示す碑もあり、なかなか興味深い場所だ。

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(作成日: 00/04/12、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

太地町立くじらの博物館_和歌山県東牟婁郡太地町太地 2934-2 太地くじら浜公園内_TEL 0735-59-2400_

JR紀勢本線(きのくに線)太地駅から2.8km(55deg.E 2.1km)、駅より町営じゅんかんバス約10分「くじら館前」下車_

無料駐車場 普通車200台_中_大人子供_

8:30-17:00_年中無休_{17/03/06}