弘道館、回天館

弘道館の名声とにしん倉の悲劇

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 水戸を代表する歴史的建造物といえば、藩校「弘道館」だろう。弘道館は藩主・徳川斉昭の命で1841年に建てられたが、政治的な理由で本格的な開校は1857年にずれ込んだ。幕末期には各藩で藩校が開設されたが、弘道館はその規模と尊王攘夷思想の水戸学教育の中心施設として名高く、特別史跡に指定されている。

 ここでは藤田東湖が総裁となって水戸学のほか、武道や医学も教えていた。当時の敷地は水戸城三の丸全域を当て、広さ18万平方メートル弱もあった。明治維新の際、徳川慶喜がここに蟄居したことは良く知られている。1868年、弘道館の戦いで学舎は焼失し、現在は正門と正庁(挿絵参照)及び至善堂だけが残存し重要文化財になっている。

 館内には弘道館や水戸藩の資料が展示されている。中でも斉昭や同夫人、及び慶喜の書や和歌、後期水戸学発展に貢献した會澤正志斎や藤田東湖の書、あるいは改革派参政・武田耕雲斎揮毫の掛け軸、弘道館の学規などが目に付く。

 水戸藩の尊王攘夷改革派は水戸学を基盤とし、藩主斉昭の考え方や彼に対する幕府の扱い方に影響されて次第に急進化して行った。彼らは天狗党と呼ばれ、佐幕の保守派書生党と激しい闘争を繰返し、やがて両派の争いは内戦に発展した。

 1864年3月、田丸稲之衛門と藤田小四郎に率いられた天狗党激派は筑波山で挙兵し、諸生党と幕府軍を相手に各地を転戦したが、程なく戦局は不利になる。抗争鎮ぶのための藩主名代に随行した武田耕雲斎も戦いに巻き込まれ、天狗党勢の総大将に担ぎ上げられてしまった。

 耕雲斎は残存勢力を結集して一橋慶喜のいる京都を目指して行軍を開始し、中山道経由で美濃へ至り、さらに冬の揖斐路越えを強行して越前に到達した。しかし慶喜が追討軍を率いて出陣したのを知って12月に加賀藩軍勢に降った。

 一行は敦賀のにしん倉に幽閉され、幕府によって非常に過酷な扱いを受けた後、首脳の武田耕雲斎・山岡兵部・藤田小四郎以下士分353人が斬首、その他450人は流刑になった。流刑になった人々の殆どもその後、獄死している。

 耕雲斎は「咲く梅の花ははかなく散るとても 馨(かおり)は君が袖にうつらん」、大軍師・山国兵部は「行くさきは冥土の鬼と一勝負」、藤田小四郎は「かねてより思い染めにし言の葉を 今日大君に告げて嬉しき」の辞世を残した。

 なお天狗党隊士が幽閉されていた16棟のにしん倉の1棟が敦賀市から水戸市民有志へ寄贈され、常盤神社境内に「回天館」として公開されていた。回天とは水戸学の大学者藤田東湖の回天詩史から引用されたのだろう。しかし倉は老朽化のため解体され、残材の一部を再利用して回天神社境内に再び「回天館」が復元された。(写真参照)

 その内部では天狗党の戦いの経過や主要人物に関する解説パネル、隊士の遺品や記録、及び絶筆の残された木製扉などが見られる。かっての本物は非常に生々しい迫力を持っていた.残念ながら復元された「回天館」にはそれがないが、それでも悲劇的な事件の概要は説明されている。

 また回天館の隣りには常磐(ときわ)共有墓地がある。そこには水戸黄門の随臣・格さんこと安積覚兵衛、桜田門外の変の水戸浪士、天狗党の志士、藤田幽谷・東湖・小四郎三代、など歴史上知られた人物の墓が散在する。

 天狗党の変は水戸藩内にその後も紛争の種を残した。両派の争いは明治元年(1868)まで後を引き、自らも学んだであろう弘道館の学舎の文館・武館・医学館などを焼失させてしまった。今から考えると、双方は思想的対立から無益な争いをして幾多の人材を失ったが、これは水戸学のマイナス面が当時の政治情勢によって表面化したといえるのかもしれない。

 なお弘道館の戦いとは、戊辰戦争の折、佐幕派諸生党は東北へ逃れて会津ろう城戦に参加した。その落城によって行き場を失った彼らは水戸へ戻り、水戸城攻略を目指した。攻城側は千単位の軍勢を擁して城を包囲して攻め立てた。

 城方は水戸藩付家老で、維新後に松岡藩主となり水戸藩政事向き統括に任じられていた中山氏を中心に僅か数百人しかいなかった。在城していた斉昭後室も防戦の手助けをしたというほどの激戦だった。

 城方は善戦したものの、多勢に無勢で次第に追い詰められ、弾薬も乏しくなった。窮余の一策として攻城側が本営としていた三の丸の弘道館へ破裂炮石を放った。それが効を奏して、活路が開け敵を撃退したというが、その過程で弘道館の大半は焼失してしまったといわれる。さらに1945年にも空襲で残存建造物のいくつかを失った。そして今回の大震災でも弘道館は甚大な損傷を受けた。

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(作成日: 99/04/12、 更新日: 03/04/16)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

弘道館_茨城県水戸市三の丸 1-6-29_TEL 029-231-4725(茨城県弘道館事務所)_

JR常磐線水戸駅から0.7km(N 0.5km)駅北口から徒歩約10(急坂あり)、タクシーあり_中_大人_

駐車場 無料あり_

9:00-17:00(2/209/30)

9:00-16:30(10/12/19)

なお弘道館公園は24時間開放。_

年末(12/2912/31)_{17/01/13}

 

回天館_茨城県水戸市松本町 13-33 回天神社境内_TEL 029-226-9028(回天神社社務所)_

JR常磐線水戸駅から3.4km(NW 3.1km)、北口バスターミナル7番から末広町経由のバスを利用約15分「保和苑入口」下車近く_小_大人_

開館時間と休館日は明確ではないので要照会_{17/04/30}