北上市立博物館・みちのく民俗村

仙台領・南部領民家を藩境で見る

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参照(水運A)  参照(水運B)  参照(水運C)  参照(南部曲がり屋B)

参照(サクラA)  参照(サクラB)  参照(サクラC)  参照(サクラD)

 北上市は岩手県中央部に位置するが、この町の東側を青春歌謡「北上夜曲」に歌われた北上川が流れている。当市は旧黒沢尻町を中核として発足した。現市域は江戸時代には仙台藩領と南部藩領に分かれていた。

 両藩の境界争いは豊臣秀吉が天下統一を果した翌年の1591(天正19年)から再三発生し、やがて争いは江戸幕府の裁定を仰ぐまでに拡大した。その結果、寛永年間の1641年に老中立会いのもとで絵図に打点して協定が成立した。

 その翌年には両藩士立会いで、西は奥羽山脈から東は三陸海岸に至る約130キロに及ぶ境界線を確定した。境界線上には大塚120基以上、その間に小塚を多数、及び必要な場所には両藩が一基づつ対に挟塚(はさみづか)を築いて境界を明示した。

 南部領に属した黒沢尻河岸は藩内の穀倉地帯に位置し、領内最大の河岸場(かしば 商港)となった。そこには米350俵積みのひらた船が60そうも配置され、藩米はここから船で約150キロ下流の石巻へ運ばれた。下りは3日、上りは10日を要した。

 そのほか黒沢尻河岸には100俵積みの船が18そうと民間の商船が45そう所属し、造船所もあって20人の船大工が働いていたという。かって黒沢尻河岸のあった辺りの対岸は現在、桜の名所・展勝地となっている。

 ここの桜は大正中期に東京・小金井から苗木を移植したが、今では本家より樹勢が盛んで、近年衰えの目立つ本家へ苗木を里帰りさせる計画もあるそうだ。展勝地のそばに「北上市立博物館・みちのく民俗村」があり、野外博物館として南部領側と仙台領側にあった古い民家を何棟も移築保存している。南部領の農家としては南部曲り家(写真1参照)がよく知られている。

 仙台領の家では旧菅野家住宅があり、これは大肝入(村役人)の住居だった。門は1720年(享保5年)、母屋は1728年に建てられた典型的な平入り直屋(すごや)造りで重要文化財に指定されている。窓が少ないのは窓税徴収を恐れたためといい、そのためか内部は本当に暗い。(写真2参照)

 民俗村敷地内には南部・仙台領境塚が残っており、国指定史跡になっている。この塚は小さな沢をはさんだ挟塚である。仙台藩と南部藩という外様大藩の境界線上に造られた野外博物館とは面白い発想で興味深い。敷地内には北上地方の自然と歴史を扱った博物館と、その民俗資料を展示する民俗資料館も併設されている。

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(作成日: 03/07/16、 更新日: )

 

(施設情報)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

北上市立博物館・みちのく民俗村_岩手県北上市立花 14-59_TEL 0197-64-1756_

a)JR東北本線・東北新幹線北上駅から3.2km(40deg.E 1.4km)、駅から見て北上川の対岸だが、橋がずっと上流にある。

b)北上駅西口から江刺バスセンター行き・熊沢行き岩手県営バスで「展勝地」下車後すぐだが、運行は平日だけで土・日曜日と祝日は運休、本数は二時間に一本ぐらい。駅東口からタクシーあり_

専用駐車場あり。そのほか展勝地の駐車場も利用可能_中_大人子供_

9:00-17:00(16:30)_

411月は原則無休だが臨休あり(各回1日ずつ、期間中に4回ぐらい)

12/13/31の月曜日(祝日に当たれば開館し、翌平日休み)

12/13/31の国民の祝日の翌日(ただしその日が土・日曜日であれば開館し、その翌平日休み)

12/281/4_{17/03/10}