神奈川県立金沢文庫

鎌倉時代の文物と浄土式庭園

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参照(浄土式庭園B)

 「神奈川県立金沢(かなざわ)文庫」は北条実時が創設した金沢(かねさわ)文庫の跡に建てられた。当時、六浦(むつら)荘金沢(かねさわ)郷は北条氏の支配地で、金沢湊として鎌倉と東京湾各地を結ぶ水運の要衝だった。

 北条氏一門の北条実時(さねとき、金沢実時とも)は幕府の要職を歴任し、また政治道徳や学問にも熱心な人だった。彼は晩年に当地の別邸に隠棲している。その際、収集した和漢の多くの書籍も移し、称名寺境内に金沢文庫を創設した。

 もともと、称名寺は実時が邸内に建てたお堂を始めとしている。その後、寺は鎌倉幕府の庇護を受けて大きくなり、境内には浄土式庭園も築造された。北条氏滅亡後、文庫は称名寺の管理に移ったが、やがて大檀那(だんな)を失った寺自体が衰微して文庫の書籍は散逸していたが、明治以降に復興された。

 寺が所蔵した貴重な書籍などは、徳川家康などの権力者によって召し上げられたとはいえ、そこにはまだ北条氏ゆかりの古文書・古書・書籍類、美術工芸品や絵画・仏像などが多数現存する。特に文書類は合わせて2万点を超え、それらは称名寺聖教・金沢文庫文書として中世研究の宝庫となっている。

称名寺聖教・金沢文庫文書と総称され、 なお称名寺の下に広がる一帯は当時、美しい入江で、六浦(むつら)の湊と呼ばれていた。江戸時代にはその海岸風景が金沢(かなざわ)八景としてもてはやされ、観光ルートにもなり、多くの文人墨客が来訪してその風光を楽しんだ。

 当館の通路の壁面タイルには八景の風景が描かれているが、もちろん称名寺の晩鐘もその一つに入っていた。しかし、現代では埋立によって海岸はかなり離れてしまった。

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(作成日: 99/05/17、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

神奈川県立金沢文庫_横浜市金沢区金沢町 142_TEL 045-701-9069_

a)亰浜急行線金沢文庫駅から東へ1.0km(80deg.E 0.6km)徒歩13分、

b)バスなら同駅東口バスターミナル13番から京急バス柴町行きで「称名寺」下車徒歩6分、タクシーもある。

c)JR根岸線新杉田駅接続の横浜シーサイドラインで「海の公園柴口駅」下車徒歩約10分_中_大人_

9:00-16:30(16:00)_

月曜日(祝日に当たれば開館)、祝日の翌日(ただしその日が土・日曜日に当たる場合は開館)

12/291/3、特別展の前後約3日やその他などの臨休あり_{16/09/20}