北海道博物館

厳しい自然環境と民族抗争を経過して

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 札幌郊外の野幌(のっぽろ)森林公園に「北海道博物館」が建っている。当館はその名の通り北海道の太古から現代までの歴史と開拓の歩みを紹介している。最近リニューアルが完了するまでは北海道開拓記念館といわれていた。

 北海道が日本の領土であることは現代人には疑いない常識だが、ほんの二百年前にはその形さえも分からない未知の土地だった。また明治・大正期でも北海道は内地の概念に含まれなかった。

 昔、北海道はアイヌ系やオーツック系など北方民族が住む土地だった。そして現在ロシア領のサハリンにも同系の人々が居住し、互いに自由往来をしていた。この時代には北海道には日本の実効支配がまだ及んでいなかった。要するに日本の領土ではなかった。

 彼らは13世紀以降、北方から伝播した大陸文化と南方からの和人文化の双方に接触をする位置にいた。彼らはその両文化の影響を受けながら、独自のアイヌ文化を形成してゆく。

 やがて和人の移住が始まり、両者の間に摩擦が生じた。15世紀以降、約百年間は両民族間の紛争が続いていたが、次第に民族間の住み分けが進んだ。そうなると今度は和人同士の覇権闘争が起き、蠣崎氏(かきざきし、後に松前氏と改称)が勝利し、後の松前藩成立へつながった。

 松前藩はアイヌとの独占交易権を獲得し、日本海海運の重要商品生産者としてアイヌ民族を地区別に釘付けにする。このような藩の政策と、往来や交易の自由を主張するアイヌ民族との利害対立は次第に深まって行く。

 そして1669年、松前藩とアイヌ民族の間にシャクシャインの戦いが起こった。シャクシャインはアイヌ側の指導者の名前だった。この戦いは日本で発生した大規模な民族紛争の最期の事例といえる。

 江戸時代後期になるとロシアが、北方領域にも交易や開港を求めて来航する。幕府は北海道を直轄領にしたり、東北各藩に北辺防備を命じている。また炭鉱開発などに着手した。

 もっとも当時の生活様式と補給食料の内容、及び社会基盤未整備の状態では、南部や津軽の藩士など寒さに慣れた筈の人々でさえも北海道東部での越冬は困難を極めた。その間に多くの犠牲者を出している。まだ日本人には北海道の冬を暮らすノウハウと用意が十分なかった。

 そのため北海道の本格的な開発は明治になってから始った。まず開拓使が設置され国家事業として開拓が始った。そして屯田兵制度の採用と旧士族の入植、アイヌ狩猟地の取上げなどが行われた。温暖な地方の生活様式しか知らなかった移住者は幾多の困難に直面しながら少しずつ知識と経験を積み、開拓を進めて行った。

 1886年(明治19年)、開拓使が北海道道庁に再編され、民間資本による開発が導入される。その後、農業では耐寒水稲品種と寒冷地農法の採用、和式と欧米式の折衷農具の採用などがなされ、漁業では明治後期のニシン漁の活況や北洋漁業の発展が幸いした。

 建設面ではタコ部屋や囚人使役の過酷な労働条件によって、幹線交通網の整備が進められた。また鉱業では石炭や各種金属鉱山の開発、及び砂金の採取がなされた。それらによって道内産業は次第に成長して行く。しかし第一次大戦後の不況や世界恐慌の影響を受け、また日本の大陸進出による道内産業の成長率の低下、及び第二次大戦の被害などの変動を受けながら今日に至っている。

 なお森林公園内には北海道開拓の村もあり、道内各地で明治・大正時代に建てられた建築物を移築・復原して、野外博物館になっている。それらは市街地・農村・漁村・山村などに分けられ、それぞれで行なわれた生活の情景や伝統技術の紹介、工芸品の展示などもしている

 ところで現在、北海道の農山村部は過疎化が進み、地域社会が崩壊に瀕している所が多い。道内各地の鉱工業も振るわず、人口は都市部に集中した。この現象は日本全体に広く見られるが、特に北海道は著しいといわれる。

 昔から日本は小さな島々で構成された中央集権的な色彩の濃い国だった。国土の北辺に位置する北海道は辺境であるが故に色々不利の点を持っていた。政府の施策も当地独自の発展よりも、資源や食料の供給地として長年扱われてきた。

その上、本州などは温暖なモンスーン気候帯に位置するから、大多数の国民は北海道は寒くて住みにくい土地と認識している。だが物は考えようだ、厳冬の北海道でも北方諸国や中緯度の内陸砂漠地帯の住民からすれば、うらやましい気候と思うに違いない。ロシアには「今日は零下10度。生暖かい風が快い…。」という話しもあるほどだ。

 ここで目を世界に転じて、北海道の存在を考えると、世界には北海道より小さな国がいくつもある。その国名と面積を若干挙げて見よう(単位 万平方キロ)。まず北海道の面積は8.35、隣の韓国は9.8、中国が自国の領土と主張するが独自の政権が実効支配している台湾は3.6だ。

都市国家的なシンガポールの0.1は別格として、スリランカ6.6、産油国のクエート1.8。さらにヨーロッパではスイス4.1、オーストリア8.4、オランダ4.1、デンマーク4.3、ベルギー3.1、リトアニア6.5、ポルトガル9.2、アイルランド7.0。中米のパナマ7.6である。

小さい国はまだまだある。これら各国の地理的条件や気候風土、平地の占める比率、利用できる資源の種類と量、民族構成や人口、国情などは多種多様だが、いずれも独自の文化を持ち独立を保っている。そして気候風土など諸条件が違えば、国造りにも別な発想が必要なことが分かる。

仮に北海道が独立国家になるか、自治州以上の強い自治権を持った地域となったら、その国造りはどうだろうか。きっと今までの開発政策とは一変するだろう。第一、国づくりには強烈な気概が必要だ。東京の本庁や本社を上目使いで見ながら一時の腰掛的な発想とは訳が違うからだ。

そこでは自国を存続させ発展させるには何が必要か、何をなさねばならないかを真剣に考察しなければならない。ミニ国家には経済大国などと自惚れている間に傾いてきた日本とは、例えば法体系や政策でも柔軟性や機動性が必要だ。

寒さをいとわず来てくれる有能な人々は積極的に招聘し、資源がないなら頭で勝負というのもよい。また中国やロシアとの友好関係を日本以上に深めて、中国東北部の消費人口やシベリアの資源を活用する手もある。韓国の向こうを張って広い土地にハブ空港を造ることだって考えられる。

さらに教育・研究施設を充実して外国留学生も積極的に迎え、また優秀な人が向こうから望んで着たくなるような環境を整える。将来定住を望めば受け入れる。そして日本文化とは同根だが外国人にも開放的な新しい北海道文化を作り上げたらとも思う。

発展を阻害するものは何かを作者なりに夢想していると、たわいない夢物語の中にも一粒ぐらいは真実が入っているかもしれない。やはり現代での、いわゆる回天的思考が必要だ。 

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(作成日: 01/04/14、 更新日: 06/01/07)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

北海道博物館_札幌市厚別区厚別町小野幌53-2_TEL 011-898-0466ハローダイヤル、011-898-0456 総務部総括グループ_

a)  JR千歳線新札幌駅と地下鉄東西線新さっぽろ駅から3.5km、新札幌バスターミナル北レーン10番乗り場からJRバス「開拓の村」行きで「開拓記念館入口」下車(新札幌駅からN55deg.E 2.5km)、タクシーあり。

b)  函館本線森林公園駅から2.0km徒歩約26分、南口の「森林公園駅」乗り場から同上のバスが経由し、約5分の乗車で到着。タクシーなし

c)  専用駐車場 普通車74台、そのほか北海道百年記念塔前駐車場や開拓の村駐車場もある。何れも無料。_

大_大人子供_

(5月〜9月)  9:30-17:00(16:30)

(10月〜4) 9:30-16:30(16:00)_

月曜日(祝日・振替休日に当る場合は開館し、直後の平日に休館する)、年末年始(12/281/3)、臨休あり_{17/01/13}