北茨城市歴史民俗資料館、野口雨情生家

どんと来る白波を間近に眺めて

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 茨城県の北端、北茨城市磯原町は詩人野口雨情(本名 英吉 1882-1945)の古里だ。その海岸に「北茨城市歴史民俗資料館」があり、当地の歴史民俗と、かつて栄えた石炭産業などを紹介すると共に、野口雨情記念館も兼ねている。

 当市内には平潟港と大津港という二つの漁港があり、また大北川の河口がある。概して海岸線が直線的で湾入の少ない常磐地方では、これらの湊が明治30年の常磐線開通まで、内陸産物の積み出しと舟の風待ちなどに使われた。

 1824年(文政7年)には、水戸藩領の大津浜に英国捕鯨船乗組員12名が上陸した。これはペリー来航の29年も前の、徳川斉昭治世初期の出来事だった。水戸藩では270人余の藩士を派遣する大騒動となったが、10日ほどで捕鯨船と判明し水食糧を与えて解放した。同様な事件は当時薩摩でも発生している。

 水戸学によって尊王攘夷思想を培っていた水戸藩士にとって、この事件は大きな衝撃を与え、一挙に保革両派の対立が激化したという。幕府も一連の事件を重く見て、翌年に異国船打払令を布告している。

 また当市はかって常磐南部炭田地帯に位置し、多数の炭鉱が稼働して活況を呈した。館内にも採炭用具などが展示されている。採炭事業は1851年、当地の神永喜八が江戸へ300俵の石炭を送り出したのが始まりだった。

 雨情の展示室には彼の書簡や遺品などが展示され、また文人たちとの交流、在りし日の雨情の姿、彼の童謡作品などが紹介されている。解説によれば、彼は常に手帳を持ち、雨情節を口ずさみながら、詩興が湧くと昼夜の別なく川岸や海岸を散策していたそうだ。

 彼は15才で上京し、20才ごろから作詩を始め詩集発行や詩誌の創刊を行なったが、当時の詩壇はさしての反響を示さなかった。その後、北海道へ渡り、道内の新聞社を二年間渡り歩き、その漂泊生活の過程で石川啄木と知り合った。30代前半には古里へ帰り山林管理や漁業組合の仕事をしていたが、その間に最初の妻との協議離婚もしている。

 30代後半の彼は作詩や文学活動へ戻り、そのころ創刊された児童雑誌の「金の舟」「金の星」へ次々と童謡を発表した。十五夜お月さん・七つの子・赤い靴・兎のダンスなどの著名な作品はこの時期に生れた。

 その当時は、1918年(大正7年)創刊の児童雑誌「赤い鳥」によって児童文学活動が活発化した時代であり、彼もその時流に乗った形で大いに活躍した。本居長世(もとおり ながよ)・中山晋平・藤井清水(きよみ)などの優れた作曲家との出会いも彼に幸いした。

 40代の彼は「童謡作法問答」「童謡のつくりやう」「童謡教育」「童謡十講」などの著作を通じて、童謡教育や普及活動を行なう。同時に幼児雑誌「コドモノクニ」へ童謡を発表した。そして彼は北原白秋・西条八十と共に三大童謡詩人に数えられるようになった。

 この時期の作品は黄金虫・シャボン玉・青い眼の人形・雨降りお月さん・あの町この町・証城寺の狸囃子などの誰でも知っている歌だ。さらに童謡作詩の傍ら、民謡創作活動も行い、各地を旅して多数の創作民謡や地方民謡、及び校歌などの作詩を手掛けた。当館の窓からは太平洋が一望され、彼作詞の童謡「キューピー・ピーちゃん」の「ドンと波ドンと来てドンと帰る」さながらに白波が眼下に押し寄せる光景は印象に残る

東日本大震災の時この町にも津波が押し寄せて、大きな被害が出た。当市を襲った津波の最大高さは7mと記録されている。当館も大変だろうと思ったが、海岸とはいえ小高い地点にあるため幸い被災を免れ、災害救援拠点になったという。ほんとうに紙一重のセーフだったかもしれないが。

 彼の生家(写真1,2参照)は昔、廻船業を営んでいたこの地方随一の素封家で、その屋敷は観海亭と名付けられ、水戸藩主巡行時の御休息所となった。それは別称磯原御殿と呼ばれ、徳川光圀も再三来訪したと伝えられる。当館の近くにあるその屋敷は「野口雨情生家」として公開されており、彼の短冊や掛け軸などを展示している。

 なお彼は東京都・吉祥寺に40代前半から約20年住んで、作詩や童謡と民謡の活動を行なった。彼が多くの詩を作った離れの書斎・童心居は現在、吉祥寺にある井の頭文化園に移築され改修保存されている。(写真参照)

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(作成日: 03/03/28 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

北茨城市歴史民俗資料館・野口雨情記念館_茨城県北茨城市磯原町磯原 130-1_TELFAX 0293-43-4160_

JR常磐線磯原駅から1.3km(55deg.E 1.1km)徒歩17分_中_大人_

9:00-16:30(16:00)_

月曜日(当日が祝日に当たれば開館し、翌日休館)12/291/1、臨休あり_{16/12/20}

 

野口雨情生家・資料館_茨城県北茨城市磯原町磯原73 _TEL 0293-42-1891_

JR常磐線磯原駅から1.1km(50deg. 1.0km)徒歩15分、タクシーあり_

駐車場 普通車20台_小_大人_

10:00-15:30_無休_{16/12/20}