府中市郷土の森博物館 府中市立ふるさと府中歴史館 国分寺市立武蔵国分寺跡資料館 国分寺市文化財資料展示室

鎌倉幕府滅亡を決定付けた古戦場

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戦争へ  目次へ  関連へ   参照(くらやみ祭りA)

 東京都西部の府中市には複合公園施設・郷土の森がある。郷土の森は郷土博物館とプラネタリウム、建築物保存区域、野外ステージと広い庭園などで構成されている。当地は古代、武蔵国国府の所在地であり、東京都の他都市とは歴史的な重みの違う町だ。なお武蔵国とは東京都に埼玉県と横浜市川崎市の大半を加えた広い地域だった。

「府中市郷土の森博物館」は先史時代から近代までの武蔵国の府中の移り変わりと自然を紹介している。当館では特に武蔵国国府の置かれた時代、鎌倉時代から戦国時代、宿場町として栄えた江戸時代、有名なくらやみ祭り、この地域に多い武蔵型板碑などの説明が目に付く。

 もっとも府中市に置かれていた国府の位置は、2000年当時、まだ正確には確定されていなかったが、それでも当館の北方約2キロ弱にある大国魂(おおくにたま)神社東側に濠跡の一部が確認されていた。当館には国庁の推定復元模型が展示されているが、それはこの部分的発掘調査の結果を参考にしていた。

 鎌倉時代、府中には当時の主要街道・鎌倉街道上の道が通っていた。鎌倉街道はここから南へ向かっているが、多摩川を渡れば途中に丘陵の起伏はあるものの、もはや大きな山脈や川はなく、直線距離約40kmで鎌倉へ直行できる位置にある。

 従って鎌倉幕府滅亡を決定付けた分倍河原(ぶばいがわら)合戦はこの街道沿いの現在の府中市内外で戦われた。すなわち1333年、鎌倉の北条氏を打倒しようと南下する上野国の新田義貞軍と、幕府軍は市内の多摩川河畔・分倍河原で激突した。正に当時の天下分け目の戦いだった。

 一日目は幕府軍が優勢だったが、二日目は奇襲と内応によって新田方が大勝し、勢いに乗った新田軍はそのまま鎌倉へ侵攻し、約一週間後に北条氏は滅亡した。新田義貞が鎌倉へ侵攻すべく稲村ヶ崎海岸を通過する際の伝説は有名だ。

 同じ頃、足利尊氏に急襲された京都の六波羅守護(探題)北条仲時は、鎌倉へ撤退すべく中山道経由で滋賀県米原市まで逃れたが敵方に包囲され、蓮華寺境内で一族主従約430人が自害した。現在、寺には多数の墓が残り、死者の氏名・年齢・法名の書かれた過去帳は重要文化財に指定されている。

 なお民俗学者宮本常一(みやもと つねいち1907-81)は、晩年の20年間府中市内に住んだ。彼は故郷を出るとき父が与えた開明的な「父の十ヶ条」に従い、全国で「歩く見る聞く」を実践した人だった。彼は府中市の委嘱により市史編纂事業や、市内の古民家・文化財・民俗行事などの調査業務にも携わった。

当時の彼は民俗学の調査や、農林業や離島の振興・文化財の保護・地域芸能の復活などの活動、そして教育や執筆と、多忙な日々を送っていたが、市の依頼に応じてそれらの業務に参画した。市内調査では調査報告や自ら撮影した千枚近い写真を残している。

大国魂神社のくらやみ祭やその大太鼓に関する彼の調査報告は、それらの存在を広く世に知らす端緒となった。彼は市内の古い建物の移築復元も提言したが、それは今日都立かと思えるほどに整った当館の建築物保存区域へと結実した。

huchu2huchu1そこには市内にあった小学校・役場・郵便取扱所・店舗・大店・住宅などが並んでいる(写真1右参照)

保存建築物の内、旧越智(おち)家住居は彼の著書「私の日本地図」にも紹介されている(写真2左参照)。彼が調べた頃に存在した茅葺民家は以後次々と姿を消し、わずかに残った二棟だけが当館に移築保存できたという。府中市や当館にとって、宮本は単なる元市民以上に縁の深い人だったといえよう。

ところで国史跡武蔵国府跡に関しては、近年の調査によってかなりその全容が解明されてきた。国府の中で、国司が祭祀や政治を行なった国庁と、役人が行政に携わった役所群、すなわち国衙(こくが)のあった場所は、大国魂神社境内とその東側隣接地と確定された。

kokuga今では国衙の一部と推定される大型建築物跡も発掘され、「武蔵国衙跡地区」として史跡整備された(写真3参照)。その他国司の館(こくしのたち)、国府と国分寺を結ぶ道路や東山道武蔵路跡、国府守護の社(やしろ)、氷室やまいまい井など国府関連施設が次々に発見されている。

これらの発掘出土品や近年判明した武蔵国府の姿は、大国魂神社境内にある「府中市立ふるさと府中歴史館」に保存展示されている。当館は国衙の四周を囲んでいた二重の堀跡の上に建っている。その説明によると、初期の武蔵国司館は7世紀後半から8世紀前半に造営されたそうだ。

武蔵国府は7世紀末から8世紀初頭にかけて計画的に整備され、9世紀から10世紀の平安時代前期に最盛期を迎え、平安後期の11世紀に衰えたという。館内には各時代の土器に作られ使用された土器が展示されているが、その形状や技能水準は、国府の盛衰をよく示している。

nijisohjiなお国衙から北北西約2.7kmには史跡武蔵国分寺跡がある。完成は8世紀半ば頃といわれ、その規模は全国的に見ても最大級だった。僧寺跡は石碑がある程度の野原だが(写真3左参照)、尼寺跡は建物の配置や柱の位置が分るように整備されている(写真4右参照)

僧寺跡と尼寺跡の間には幅広い東山道武蔵道跡(幅員12m)が直線で南tosando北に通っていた。従って一帯は「武蔵国分寺跡 附東山道武蔵路跡」として国の史跡に指定された。最近東山道跡が発掘され、その調査結果によって一部が復元された。そこでは両側の側溝が黄褐色に表示されている。併走する道路や人影と比較すれば、その幅員が分る(写真5参照)

また尼寺跡の背後には伝鎌倉街道跡として細い道がある(写真6参照)。このように奈良・平安期と鎌倉期の主要道はこの地を通過していた。そして武蔵国分寺は鎌倉街道沿いにあったため、分倍河原合戦の時、兵火によって最終的に失われた。kamakurakaido

なお國分寺の背後には古代多摩川の造った段丘崖(国分寺崖線)が続き、豊富な湧水があった。寺ではそれを利用していた。湧水は近年の都市化により湧出量は減少したが、それでも全国名水百選に選ばれている。

その面影は都指定名勝・真姿(ますがた)の池湧水群として残り、一帯は公園化されている。その「おたかの道湧水園」の一角に「国分寺市立武蔵国分寺跡史料館」があり、国分寺の発掘調査の出土品の展示や国分寺や東山道武蔵道の解説をしている。

また尼寺跡の近くに「国分寺市文化財資料展示室」があり、古代の鍛冶工房跡だった現地から出土した品々や古瓦などを展示している。またビデオ視聴装置では尼寺跡の発掘作業とその結果から、尼寺の姿や建物配置を推定した過程が分りやすく解説されている。

文末次ページに掲載した地図は、国府跡や国分寺跡などの所在地と、今では地中に埋もれている古代道路跡の全体的な位置関係を表示した。

 

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(作成日: 00/09/25、 更新日: 11/08/0)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

府中市郷土の森博物館_東京都府中市南町 6-32_TEL 0423-68-7921_

a)JR南武線・京王線分倍河原駅から1.7km(20deg.E 1.4km),駅から京王バス健康センター行きを利用し「郷土の森」下車そば、

b)京王線府中駅北口から府中市コミュニティバスちゅうバス南町・四谷循環を利用し「南町2丁目」または「芝間稲荷神社」下車後徒歩約8分、

c)徒歩なら武蔵野線・京王線分倍河原駅や武蔵野線・南武線府中本町駅及び西武多摩川線是政駅からいずれも約20分_中_大人子供_

9:00-17:00(16:00)_

月曜日(その日が祝日に当る場合は開館し、その翌日休館)12/291/3、臨休や臨時開館あり_{17/05/27}

 

府中市立ふるさと府中歴史館_東京都府中市宮町3-1 大国魂神社境内 市役所文化スポーツ部ふるさと文化財課の建物内_TEL 042-335-4393_

a)  京王線府中駅4番出口から徒歩7分、神社への参道を行くので、この経路の方が分かりやすい。_

b)  JR南武線・武蔵野線府中本町駅からも徒歩7分_小_大人_

9:00-17:00_

月曜日(当日が祝日や休日に当たれば開館し、直後の平日に休館)

5/35/5(ただしこの期間は、一階の国府史料展示室と3階展示室のくらやみ祭特別展示は開館)

年末年始(12/291/3)、史料の特別整理日や設備の保守点検日などの臨休あり。_{17/05/22}

 

国分寺市立 武蔵国分寺跡資料館_東京都国分寺市西元町1-13-10  おたかの道湧水園内_TEL 042-323-4103_

a)JR中央線国分寺駅南口から1.3km(S48degs.W  1.0km)徒歩19分、

b)バスなら国分寺駅南口から京王バス寺83、寺85系統を利用し「泉町一丁目」下車後南へ向かい、真姿の池湧水群を経て、おたかの道を西へ進む。徒歩約10分_

c)JR中央線西国分寺駅近くの国分寺市循環ぶんバス西国分寺北バス停から日吉町ルートに乗り「泉町一丁目」下車後同上ルートを徒歩約10分_

d) JR中央線西国分寺駅南口から1.2km(S43degs.E  1.0km)徒歩17分_

駐車場 なし_小_大人_

9:00-17:00(16:45)_

月曜日(祝・振替休日に当たれば開館し、翌平日休館)

12/291/3、展示替えなどの臨休あり_{17/05/27}

 

国分寺市文化財展示資料室_東京都国分寺市西元町3-10-7 市立第四中学校そば_TEL 042-323-3231_

a)JR中央線西国分寺駅南口から1.3km徒歩18(S10degs.E 1.0km)

b)バス利用なら京王線府中駅から京王バス国02,03国立行きあるいは府21総合医療センター行きなどを利用して「黒鐘公園入口」下車後小道に入って徒歩3

C)JR中央線国立駅南口から京王バス国01府中営業所行きあるいは国02,03府中駅行きなどを利用して「黒鐘公園入口」下車後小道に入って徒歩3分_

駐車場 なし_小_大人_

9:00-17:00_

月曜日(休日に当たれば開館し、直後の平日休館)、年末年始(12/291/3)、臨休あり_{17/05/27}

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