平戸観光資料館

彫像とじゃがたら文が示す哀史

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 平戸のオランダ塀の近くに「平戸観光資料館」があったが残念ながら閉館した。平戸では江戸初期の約30年間、オランダ貿易が行われた。当館には平戸の歴史や隠れキリシタンの資料のほか、特筆するものとしてその間に生まれた混血児の遺品が展示されていた。

 幕府が鎖国政策を発令した後、混血児はジャワへ追放された。その一人で商館長と日本女性の娘・コルネリアはオランダ人と結婚し、後年、赤子を抱いた自分の姿を板に彫付けて平戸の実家へ送って来た。現在の写真のような感じで、実家では大変喜んだと伝えられる。

 またコショロは望郷の念を、ジャワ更沙の生地に書いて送って来た。その布地はけさ(袈裟)にして寺に納められたが、それには「…あらにほんこいしや、こいしや、…」と墨書されている。これらの遺品は哀れな運命の証拠品だが、彼女たちがジャワで比較的恵まれた生活を送ったらしいのが、せめてもの慰めだろう。

 また当館には兵学と儒学で名高い山鹿素行(やまが・そこう16221685)の遺品が多数展示されていた。これは平戸藩主が素行の後援をし、その孫が当地へ素行の全遺品を持って移住し、山鹿流兵学の塾を開いたために残されたものという。

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(作成日: 00/09/17、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

平戸観光資料館_旧住所 長崎県平戸市大久保町2496