塙保己一記念館  塙保己一史料館

学問の基盤を整えた盲目の大学者

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参照(塙保己一B)

 塙 保己一(はなわ・ほきいち 17461821)は、江戸後期に活躍した国学者で、大体、伊能忠敬と同時代に生きた人といえよう。幼くして失明し、長じて江戸に出て、雨富検校(あめとみけんぎょう)に弟子入りして針やあんまの勉強をした。彼は生来不器用で、それらは全然上達せず、一時は自殺も決意したという。

だが師の雨富須賀一検校は彼の学問的才能を見抜き、彼に国学・和歌・儒学・官学・律令などを学ばせた上、色々の援助をした。この師の援助と彼の学問への情熱、さらに抜群の記憶力によって、彼は30代から学者として認められ、やがて検校になり、没年には惣検校職に昇任した。惣検校とは将軍にお目見えもできる盲人組織の最高位である。

 その彼の最大の業績は、国学研究の場としての和学講談所の創設と群書類從の編纂事業である。和学講談所からは多くの有能な門下生が輩出し、事業はその後の古典研究に多大の貢献をした。群書類從は1779年から1819年まで約40年を掛け、没年の二年前に完成したという、正に彼の生涯をかけた大仕事だった。彼はその調査のため各地へ赴き、協力者の組織化や資金調達にも苦闘した。

 それは平安時代から江戸初期までに書かれた貴重な文献資料の散逸を防ぐため、その資料の中から1,270部の文献資料を選び、530巻の書物に編集している。その中には歴史・人物・政治・文学・宗教・遊芸・合戦・律令・紀行・官職・有職故実などと、広い分野の文献が集大成されている。

 また彼は人材の養成と、文献資料の集大成や保存という学問の基盤整備に努めた。そして群書類從(全670冊)は現在でも国史や国文学の研究に欠かせない資料となっている。さらに彼は水戸藩の大日本史の校正作業も手伝った。古典に対する造詣が深い彼の知識は、その校正業務に大いに寄与したという

 埼玉県の旧児玉町は彼の出身地であり、かつて山内上杉氏の居城だった雉岡(きじおか)城跡に小規模ながら「塙保己一記念館」があり、彼の遺品や書き物及び群書類従が展示されている。遺品の中には母の手作りで、彼が生涯大切に所持した巾着もある。そこから北へ約2キロの所に、彼の生家(住所 埼玉県本庄市児玉町保木野325 非公開)が残っており、国指定の史跡になっている。

 なお、江戸時代には現在の麹町にあった和学講談所は幕末混乱期に閉鎖された。保己一がその刊行に生涯をかけた群書類従の版木17,244(重要文化財)は、現在東京渋谷区南東部の高台にある「塙保己一史料館」に保存されており見学できる。版木は表裏に刻んであるから、摺り立てた和紙の枚数はその約二倍になる。

版木は維新後、一時行方不明になった。再発見されてからも、安全な保管場所を求めて移動し、昭和初期からは現在地に保管されている。近代になってからも関東大震災や空襲などの大災害があったが、多量の版木を損傷させずに長く利用可能な状態に保存するのは本当に大変なことだと思う。群書類従完成から約200年、この間の摺り立て部数は膨大hanawaで、今ではCD版も発行されている。

 史料館には塙保己一像がある(写真参照)。「三重苦の聖女」として国際的に著名なヘレン・ケラー女史(18801968)1937(昭和12)、第一回訪日の際に当館を訪れた。彼女は彼の像と文机を触れて強い印象を受けたことを感想として残している。彼女は塙保己一の話を母から聞き、彼を手本にしなさいと教えられたという。

 情報伝達が今より格段に乏しい明治時代、まして日本が欧米から文化的に後進国と見なされていた当時、塙保己一の生涯とその業績が、米国東部の人にどのようにして伝わったのかと疑問を感ずる方も多いと思われる。それは明治の文部官僚として近代教育制度の確立に大いに貢献した伊沢修二(18511917)が米国に留学時に伝えたといわれる。

伊沢は留学期間中に、電話の発明や電気通信・音声生理学の研究及びろうあ学校の経営などで大きな業績を残したグラハム・ベル(18471922)から視話法(発声する人の口の開き方を見て、言葉を理解する方法)を学んだ。その際、伊沢はベルに塙保己一の話をし、ベルがその知人であったヘレン・ケラーの母親にその話を伝えたのだろうと推測されている。時代や国を超えた身体障害者の交流活動の端緒といえるだろう。

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(作成日: 99/11/14、 更新日: 11/08/04)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

本庄市 塙保己一記念館_埼玉県本庄市児玉町八幡山 368 アスピアこだま内_TEL 0495-25-1186(問合せ先 本庄市教育委員会文化財保護課)0495-72-6032_

a)JR八高線児玉駅から0.8km(W 0.7km)徒歩11分、

b)JR高崎線本庄駅から朝日バス児玉行きで「児玉駅入り口」下車後徒歩5分_小_大人_

9:00-16:30_

月曜日(祝日・振替休日に当たる場合は開館し、翌日休館)、年末年始_団体利用の場合は要事前申し込み_{17/03/06}

 

公益社団法人温故学会 塙保己一史料館_東京都渋谷区東2-9-1 _TELFAX 03-3400-3226_

JR渋谷駅東口バス停から都バス「日赤医療センター行」に乗って「國學院大學前」下車、バスの進行方向へ約徒歩2分の右側の社団法人 温故学会ビル_小_大人_

平日 9:00-17:00 _

土曜日・日曜日、祝日、年末年始は原則休み、(ただし土・日・祝日については問合せしてほしいとのこと)_{17/03/06}