箱根町立郷土資料館

箱根の道を三つの観点から解説する

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 箱根温泉郷の入り口、湯本温泉は箱根八里の急坂の始まる所にあるが、ここに「箱根町立郷土資料館」が造られた。当館はその土地柄、箱根山内の道をテーマとして、それを箱根八里、湯治の道、生活の道の三つに分けて紹介している。

 三つの道への分化は江戸時代に始まった。箱根八里は江戸時代の主要街道・東海道だが、幕府はそのルートを防衛的見地から険しい谷筋に設定した。それは平均勾配10度、最急勾配22度にも及び、天下の険になったが、旅人はその険しさと危険性に苦しんだ。女殺し坂と呼ばれた場所もあり、落馬して命を落とした人も少なくないそうだ。

 苦しんだのは旅人だけではなかった。伝馬制度の負担は近隣住民を経済的に苦しめ、また田畑のない高地へ人為的に造られた箱根宿の暮らしは不便だった。館内には当時の旅用具を展示して、参勤交代や一般旅人の旅の様子を紹介している。さらに地元住民が生計の足しにした土産品・箱根細工の説明もある。

 箱根には多くの温泉がある。それらは鎌倉時代から湯治や道者の宿泊に使われていたが、江戸後期になると、物見遊山にも利用されるようになった。1805年に一夜湯治が解禁され、湯本などの温泉地にも宿泊できるようになった。その結果、名所旧跡を組合わせた箱根の七湯(ななゆ)廻りが流行し、案内書も発行される盛況になった。

 江戸時代後期、箱根山中にはいくつもの集落があったが、それらは生活物資や労働力の供給の面で温泉宿を支える役割を持っていた。道はそのための経路でもあった。当館では仙石原村に焦点を当て、その生活と変遷を説明している。それによれば農業生産性の低い高地集落の生活は厳しいものだった。

 明治になると、車馬の通れる道路や登山鉄道が建設されて箱根は観光地化して行くが、その基盤はすでに江戸後期から形成されつつあったと当館では解説している。

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(作成日: 00/05/30、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

箱根町立郷土資料館_神奈川県足柄下郡箱根町湯本 266_TEL 0460-85-7601_

箱根登山鉄道箱根湯本駅から徒歩0.5km(75deg.E 0.4km)_小_大人子供_

9:00-16:30(16:00)_

水曜日と毎月最終月曜日(祝日に当れば開館)

12/281/4

展示替えや館内消毒などの臨休あり、

(ただし夏休み期間(7/218/31)は無休)_{17/07/07}