箱根関所・箱根関所資料館

関所でより越え難くなった天下の嶮

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 箱根の山は天下の険と唱歌にも歌われる箱根山地は、昔から東海道交通の難所として知られた。東海道が箱根を通過するルートは自然環境や政治条件によって、時代により少しずつ変化した。

 そのルートとしては現在の御殿場線沿い、箱根山を越える尾根道や谷筋、そして東海道線沿いの十国峠を通過するルートなどが考えられる。いずれにしても採用されたルートに、昔は場所を選んで関所が設けられた。

 文献上、箱根の関所が最初に出てくるのは10世紀初頭という。当時は御殿場ルートだったが、その後富士山噴火の影響によりルートは変更された。鎌倉時代には幕府が鎌倉に置かれたから東海道の交通量は激増した。東海道は整備され、現在の国道一号線と大体同じルートが採用された。

 江戸時代、幕府は江戸の防衛と大名の統制のために関所を重視した。全国に設けられた53ヶ所の関所の中で、中山道の碓氷と木曽福島、東海道の箱根と新居の関所は特に重要な関所とされた。従っseki1て箱根山地内のルートは谷筋を通る険しい道を採用した。

seki2箱根関所は芦ノ湖畔の狭隘部に設置されて東西交通を厳重に取り締まった。(写真1参照)(写真2参照)

箱根山地にある関所は箱根関所の他に、各間道に数ヶ所の関所があった。また道のない山野を強引に通ろうとする者を見付けた住民には通報義務を課していた。各関所はいわゆる「入り鉄泡、出女」の規制により、手形なしでは人も荷物も馬も通さない厳しい掟で取り締まるのが原則だったが、現実は各関所によって規制の態様は少しずつ差があったようだ。

立木望隆氏の冊子によると、箱根と根府川以外の関所では、手形を持った地元の女を除いて、女は絶対に通さなかった。箱根と根府川の関所は女を通すとはいえ、出女に関しては取調べが非常に厳しかった。従って関所を挟んだ地点に位置する集落間は、婚姻関係さえ築けなかったという。その反面、箱根関所は入り鉄炮の取調べはしなかったそうだ。

 なお関所破りは重罪だった。しかし江戸時代を通じて発生した関所破りの記録はわずか5件6人しかなかった。それは関所破りの現行犯を逮捕しても、特に悪質でない限り「薮入り」、すなわち道に迷ったとして穏便に処理し追い返したからといわれる。

湖畔の旧街道杉並木が続く所に箱根関所の番屋が復元されている。それは近年韮山の江川文庫から発見された「相州箱根御関所御修復出形帳(1865年)」と発掘調査の結果によって行われた。復元工事では設計・使用資材・資材加工法・施工用具などを可能な限り当時の状況に合わせ、当時のままに復元するように努めたという。

 なお箱根の関所の近くに「箱根関所資料館」がある。館内には関所の歴史や制度、及び関所業務や取り調べの様子などの説明、使われた武器や逮捕用具、通行手形や関所日誌などが展示されている。通行手形には武士用・町人用・飛脚用・馬用などと色々な種類があったようだ。また復元工事の様子も解説されている。

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(作成日: 99/07/14、 更新日: 07/07/23)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

箱根町立箱根関所・箱根関所資料館_神奈川県足柄下郡箱根町箱根 1_TEL 0460-83-6635

箱根登山鉄道箱根湯本駅から約13km(60deg.W 8.3km)、箱根湯本駅あるいはJR小田原駅から路線バス箱根町行きを利用し「箱根関所跡」で下車。JR小田原駅から (55)・箱根登山鉄道箱根湯本駅から(40)_小_大人子供_

9:00-17:00(16:30)(ただし12/12月末は9:00-16:30(16:00))_

年中無休_{17/07/07}