致道(ちどう)博物館

庄内と最上川の有形民俗資料が

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 三河以来の徳川譜代の重鎮、酒井忠次を祖とする酒井氏は、代々鶴岡を居城にして庄内地方を統治した。しかし天保年間に当時の川越藩主の運動もあって、幕府から三方領地替えの案が出された。すなわち庄内・長岡・川越の三藩の領地交換である。

 国替えの話は、一説には酒井氏が天明の大飢饉の折、酒田本間家への豪勢な行楽をしたことが幕府に知られた結果ともいわれる。国替えは領民を巻き込んでの大運動の結果、辛うじて沙汰やみとなり、同藩は維新まで庄内を保った。

 庄内平野には最上川を挟んで鶴岡と酒田の二都市がある。前者は政治行政都市となり、後者は商業港湾都市として独自の発展をしている。「致道(ちどう)博物館」は鶴岡城蹟の三の丸に建てられ、この地方の歴史民俗文化を紹介している。博物館の名前は国指定史跡の藩校・致道館に由来するという。

 当館には酒井氏伝来の武具・美術工芸品、庄内藩の藩政資料、致道館の資料、庄内式土器などの考古資料などのほか、庄内地方の重要有形民俗資料が多数収蔵されている。またこの地方に残っていた明治時代の郡役所(挿絵参照)や、山間豪雪地帯のかぶと造りの三階建の茅葺き農家などが移築保存されている。さらに名勝・酒井氏庭園もある。

 中でも豊富な有形民俗資料は一見に値する。作業衣・焼き物・米作用具・最上川と庄内浜の漁労用具や舟など、8件3,000点以上が国指定の有形民俗資料に指定され、その多数が陳列されており印象深い。

 なお三方領地替えの問題が幕府から出た時、領民挙げて行った大々的な反対運動の経緯とその情景を描いた絵巻物「夢の浮橋」は当館に保存されている。この運動では老中・水戸家・近隣の大名・外様雄藩までを巻き込んでの大運動となり、最終的に幕府が計画を撤回して、自らの弱体化を天下に印象付けてしまった。

 なお致道館は当館の近くに現存し、内部を参観できる。

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(作成日: 00/07/01、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

致道博物館_山形県鶴岡市家中新町 10-18 鶴岡公園西隣(旧鶴ヶ丘城三の丸)_TEL 0235-22-1199_

JR羽越線鶴岡駅から2.4km(SW 1.8km)、駅より庄内交通バス湯野浜温泉行きで約10分「致道博物館前」下車、タクシーあり_

駐車場 有料20台、その他鶴岡公園周辺駐車場の利用も_中_大人_

9:00-17:00(16:30)(ただし122月は9:00-16:30(16:00))_

年末年始(12/291/4)122月の水曜日、展示替えのための一部休館あり_{16/09/20}