千葉県立中央博物館

文化といえども合理化の波が

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参照(大多喜分館)   参照(大利根分館)

 

 千葉県は東京に隣接した自然に恵まれた所だ。けれども同じよな地理的位置にある神奈川県に比べると、戦前の千葉県は発展が遅れ、農林牧畜業に漁業を主とする田舎だった。主な二次産業はしょうゆやみりんなどの醸造業だった。

 

 そのため戦後の一時期は食糧難に悩む首都圏への食料供給地として潤った。より本格的な発展は戦前の1935年に計画が策定された東京湾岸の工業用地造成事業が実を結び、火力発電所・製鉄所・重化学工場などの大規模事業所が立地してからだった。

 

 かなり不便だった東京との交通手段も順次改善され、工業港や国際空港も造成された。広い面積を占めていた軍用地の転用もあってか、内陸部にも各種工場が進出し住宅団地も造成された。それに伴って生産人口が流入し、千葉県の人口は大幅に増加した。

 

 これによって県財政は豊かになった。それまで文化的にも地味な存在だった千葉県のイメージを一新する狙いもあってか、文化施設の建設にも力が入った。その一環として県内各所に県立博物館が相次いで設置された。

 

 その数は筆者がざっと数えても7〜8箇所あったと思われるが、この数は全国的に見ても目立った。多くの県では1〜2箇所がやっとだったが、興隆期にあった県勢がそれを可能にしたのだろう。

 

 しかし時代が移り、東京湾岸の重厚長大産業は世界的な競争場裏では斬新さを失い、流入した人口は高齢化し、さらに千葉市が政令指定都市になるに及んで、県の財政基盤にも急激な陰りが見えてきた。

 

 この情勢変化を受けて、県立博物館にも合理化や改革の波が押し寄せて来た。その結果、一部の館は閉館や地方自冶体への移管、あるいは「千葉県立中央博物館」の分館として管理体制集中化を図るなど、合理化努力が続けられている。

 

 このような措置の必要性は何も千葉県に限らず、国や地方公共団体の殆どに当てはまる緊急の課題である。ただ千葉県の場合は博物館の県内展開が早く多かった分、その引き方もすばやく着手する必要に迫られたのかもしれない。

 

 その千葉県立中央博物館は千葉市の青葉の森公園内にある。そこには博物館本館と、県内の植物群落や野鳥を観察できる野外の博物館・生態園がある。当館は県内の地学・生物・海洋・歴史・環境を総合的に扱っている。当館は全体テーマを「房総の自然と人間」として、「房総の自然誌」「房総の歴史」「自然と人間のかかわり」などに関する展示をしている。

 

 その展示を見ると、地学や動植物の展示など自然系の展示が目立つが、それは当県が太平洋と東京湾で三方を囲まれた房総半島と、関東平野に楔形に入り込んだ地域とで構成され、さらに内陸部は大河に挟まれているため、自然環境の変化に富んでいるからであろう。

 

 房総半島には高山こそないが、南部は急な山々が連なるが、北に行くほど高度は低くなり丘陵地に変わる。そして内陸部の上総地方は広い洪積台地とそれを解析した谷間で構成されている。また利根川や江戸川の沿岸や河口には近世以来形成された低湿地があり、太平洋岸には九十九里浜という隆起海岸平野が続いている。

 

 しかも房総半島は本州が東西方向から南北方向に曲がる屈曲点に位置しているから、黒潮の流れる方向も変わるため県内の気候風土は変化に富み、多様な生態系を持っている。その割に当県は歴史的には地味な存在だ。

 

当県は古代には古東海道が通り安房(あわ)・上総(かずさ)・下総(しもうさ)の三国に分かれていた。そこには大規模な古墳群を築造した豪族も存在した。平安時代から室町初期の約300年間は千葉氏が下総一帯に勢力を張っていたが内紛によって衰微した。

 

次いで室町から戦国時代には里見氏が興隆し一時は房総半島に支配地を伸ばしたものの、後北條氏との戦いによって県内全域の統一勢力までにはならなかった。近世になると初期には里見氏や本多忠勝など10万石規模の藩が存在した。

 

だがこの地方に統一的大勢力を造らないという幕府の政策によって、程なく徳川幕府の直轄地と旗本の知行地、及び小藩の領地が混在する状態に変わった。従って江戸初期以降、佐倉藩以外には大きな藩はなかった。そのため政治的統一性を欠き、江戸に近いのに経済産業面では後進地になってしまった。この傾向は維新後から戦前まで続いた。

 

当館はこのような背景を持つ当県を紹介しているが、現在では県内各地に分館を配置し、そこでは地域特有のテーマをさらに詳しく扱っている。それらは大利根分館、大多喜城分館、房総の山のフィールド・ミュージアム、海の博物館である。

 日本の人口構成は若年層の減少と老年層の増加が著しく、人口ピラミッドはきわめて異常な形状になり、人口減少傾向も確実に進んでいる。この趨勢では、まず新設より蓄積の有効活用を図る方向が大きな意味を持つと思われる。

 

 博物館に関しても、それが減少傾向の著しい若者の知識向上や知的能力開発のため、また増加する高齢者の知的欲求を満たしその知的能力維持のためにも大いに活用されるべきだろう。合理化は必須としても温故知新ということもあり、施設が持っている物的手段と研究能力の活用を今後も維持発展するように望みたい。

 

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(作成日: 11/01/25、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報再確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

千葉県立中央博物館_千葉市中央区青葉町955-2(青葉の森公園内)_TEL 043-265-3111, 043-265-3776(教育普及課)  _

a.JR千葉駅から3.1km(60degs.E 2.6km) 駅東口7番乗り場から京成バス「大学病院」や「大学病院・南矢作」行きで約15分、「中央博物館」下車後徒歩約7分、

b.同上千葉駅東口2番乗り場から千葉中央バスの「中央博物館」行きで約20分、終点の「博物館・文化ホール」で下車し徒歩1分

c.JR京葉線・内房線・外房線蘇我駅から2.9km(25degs.E 2.3km)、駅東口2番バス乗り場から小湊鉄道バス・千葉中央バスの「大学病院」行きで約15分「中央博物館」下車後徒歩約7分

d.京成千原線千葉寺駅から1.8km(33degs. 1.2km)徒歩約24分。(蘇我駅からのバスも駅前に止まるので利用可能)_

駐車場 青葉の森公園北口駐車場(有料)利用_中_大人子供_

9:00-16:30(16:00)_

月曜日(休日に当たれば開館し、次の平日に休館)12/281/4、くん蒸期間などの臨休あり_喫茶室やミュージアムショップあり_{17/02/11}

 

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