物流博物館

近代生活に必須な物流に理解を

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 人が生活するために生活物資の供給は欠かせない。物を利用しようとすれば、必ず輸送が必要となる。けれども物資の輸送、すなわち物流システムに関する一般の認識は決して深くない。部外者にとって生産や販売活動は目立つが、裏方の物流関してはその全体像が見にくいからだろう。

 「物流博物館」は物流に関する一般の認識を高めるために設立された。当館ではまず江戸時代の物流と、明治から現在までの変遷が説明されている。またトラック・船舶・鉄道・航空の各物流ターミナルの活動が、ジオラマを使って紹介されている。

 江戸時代の物流は幕府の政策によって本当に不便なものだった。荷車の使用は江戸・京都・大阪だけに制限され、各街道では原則的に禁止されていた。街道での荷車使用は、京都・大津間の輸送が例外として認めらたに過ぎない。

 街道には宿場ごとに問屋場(といやば)を設置し、リレー方式で書状や物品の搬送をした。問屋場では人足や馬の手配,荷物の重さの点検など、輸送に伴う管理業務を行った。

 しかし、これらの業務は公用優先で、民間には不便なものだった。そのため民需物資の物流は西回りや東回りの沿岸海運と、利根川や淀川などの河川水運を可能な限り利用した。また山間部では牛馬による輸送も私的に行われた。

 明治になると、江戸時代の物流方式は根本的に改革される。すなわち関所の廃止、継立伝馬制度の廃止、荷車使用の解禁などである。代わって道路や鉄道の建設、郵便制度の創設、陸運元会社設立、長距離馬車輸送の採用などが始まった。

 明治中期からは蒸気船を使用する遠洋定期船や河川水運も始る。そして明治20年代になると鉄道が陸上輸送の主役になり、駅を中心にした小運送業が発達した。その後、小運送会社の統合、戦争の被害とその復旧の時代を経て現代に至っている。

 その間、国内輸送の担い手は変化し、昭和40年代にトラック輸送が陸上輸送の主役の地位を獲得した。現在はトラック・船舶・鉄道・航空の四つの輸送手段併用の時代になっている。ちなみに03年度の実績では、年間貨物量は58億トンで、その内トラック輸送は約87%を占めている。

宅配便は年間29億個にもなっている。鉄道輸送は0.9%に過ぎないが、今後鉄道や内航船舶での輸送も省エネの見地から再認識され、情勢は多少変化するだろう。なお年間輸出総額は1.6億トンで、その中で日本船によるものは2.2%。輸入総額7.9億トンの内、日本船によるものは11%に過ぎない。

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(作成日: 99/10/19、 更新日: 08/01/20)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

物流博物館_東京都港区高輪 4-7-15_TEL 03-3280-1616_

a)  JR品川駅高輪口から0.8km(65deg.W 0.5km)徒歩10分、都営地下鉄浅草線高輪台駅からも同様。

b)  品川駅高輪口バス乗り場3番から都営バス品93系統(目黒方面行き)を利用し「グランドプリンスホテル新高輪前」下車徒歩2分_小_大人子供_

10:00-17;00(16:30)_

月曜日と第4火曜日(これらの日が祝日または振替休日に当たれば開館し、その翌日休館)

祝日の翌日、年末年始、特別展準備や展示替え、資料整理などの期間_{17/01/08}