江東区芭蕉記念館  義仲寺

今は俳句のムードじゃないけれど

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参照(芭蕉B)  参照(芭蕉C)

 故郷の伊賀上野から江戸に出府した松尾芭蕉(164494)は始め日本橋、次いで関口と数年ごとに居を移した。そして静かな土地を求め、江戸深川に引っ越して来たのは1680年、芭蕉が37才の時だった。

そこは魚屋のいけすの番小屋たったそうで、弟子から贈られた一株のバショウにちなんで芭蕉庵と名付けている(深川の第一次芭蕉庵)。その芭蕉庵は1682年に火災で焼失し、近くに第二次の芭蕉庵を1683年再建した。

芭蕉自身は何度も長旅で留守をしているが、46才の時には門人・曾良を伴って奥の細道の旅に出立したが(16893)、その際この芭蕉庵を売り払っている。その後旅から戻る頃、彼はそれを再入手しようとしたが、実現しなかった。

そこで近くにまた新しい庵を造り(16925月完成。第三次の芭蕉庵)、結局深川での生活は芭蕉の没年、1694年まで続いた。この史実にちなんで、各芭蕉庵跡の正確な位置は不明のまま、それらの近くと推定される所に「江東区立芭蕉記念館」が建てられた。

 当館は彼の生涯を紹介し、芭蕉自身の発句短冊・発句扇面・発句懐紙・発句自画賛色紙などを展示している。また芭蕉の流れをくむ俳人たちの作品や資料、奥の細道に関する芭蕉や曽良の書き物、芭蕉庵跡から出土した石製の蛙、深川の古地図などもあり、奥の細道の旅装束の説明もしている。

 なお、石の蛙は芭蕉が生前大切にしたものと伝えられ、1917年(大正6年)の津波の時に偶然出土して、芭蕉庵の位置が確定された貴重なものだが、津波ともあれば位置が多少動いたかもしれない。ともかく過去の話とはいえ、東京に小さくても津波が来たという話は他人事ではない。

 芭蕉の時代は静かな大川岸も今では高いコンクリートの堤防に囲まれて殺風景だ。周辺の環境もすっかり変わった。それでも近くの江東区深川江戸資料館には江戸深川の町並みが正確に復元され、また清澄(きよずみ)庭園もあり、それらから当時の雰囲気を片鱗ぐらいは想像できるだろう。

 なお芭蕉関係の博物館や資料館は故郷の伊賀上野に生家や芭蕉翁記念館が、また山形市山寺に奥の細道記念館、栃木県に黒羽記念館(芭蕉の館)、石川県山中温泉の芭蕉の館などがある。また関口の芭蕉住居跡は関口芭蕉庵として芭蕉堂や庭園があり公開されている(東京都文京区関口二丁目)

 ところで芭蕉はその最晩年に至るまで旅を友とし、その俳諧の世界を深化させた。上方へも再三訪れ俳諧活動を行い、その途上度々帰郷している。上方では大津の幻住庵や「義仲寺(ぎちゅうじ)」、京の落柿舎などに逗留して執筆を行い、また各地の寺社を詣でて足跡を残している。

特に琵琶湖畔の当時は景勝地であった義仲寺には、大津膳所のスポンサーが無名庵を建ててくれ、彼は上方での俳諧活動の本拠として再三逗留した。そして1694年秋、大坂滞在中の芭蕉は急病を発し亡くなり、遺言によって義仲寺の義仲の墓に並んで葬られた。

ここで義仲寺について触れると、1184年宇治川の合戦で鎌倉方に敗れた朝日将軍・源(木曾)義仲(11541184)は琵琶湖岸の近江粟津で追っ手の手に掛かり落命した。約四百年後に彼の塚が荒廃しているのを悼んだ近江戦国大名の佐々木(六角)高頼は、寺領を寄進し義仲寺を建立している。

寺伝によると義仲の没後その塚の傍らにいつしか無名の尼が庵を結び、約90歳まで生きて義仲の供養を続けたとの伝承がある。この尼は無名の女性と称し決して名乗らなかったが、義仲の側室で武将でもあり、かつ最後まで義仲と行動を共にし、義仲の命令で逃れた巴御前だったと推定されている。芭蕉は義仲寺周辺の風光と共にその悲劇にも惹かれたのだろう。

 以来三百年以上経過し、義仲寺にも社会変動や災害が及び、今では周囲は住宅地になり、琵琶湖も湖岸埋立てによってやや離れ、湖南一とされた粟津の松林もなくなった。それでも境内には義仲と芭蕉の墓、そして巴御前の墓が残っており、国の史跡になり静かな雰囲気を保っている。

寺には芭蕉やその門人の俳書や真跡を保存している粟津文庫があり、ささやかだがその史料の一部を公開する史料館もある。またかつて当寺の寺領だったが、鉄道や国道などで分断されて少し離れた所になった龍ヶ岡(りゅうがおか)俳人墓地などには多くの芭門俳人の墓が残っている。

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(作成日: 00/02/21、 更新日: 13/09/01)

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

江東区芭蕉記念館_東京都江東区常盤 1-6-3_TEL 03-3631-1448_

a)都営新宿線・大江戸線森下駅A1出口から0.5km(50deg.W 0.3km)徒歩7分

b)JR総武線錦糸町駅南口から都バス(11)を利用し「新大橋」下車後徒歩3分、その他都バスの(33)(26)なども利用できる。_

駐車場の収容台数は少ないので公共交通の利用を推奨_小_大人_

9:30-17:00(16:30)_

2,4月曜日(祝日に当たる場合は開館し、翌火曜日休み)、年末年始や展示替え期間及び保守点検日のための臨休は要照会_{16/09/21}

 

義仲寺 粟津文庫史料館_滋賀県大津市馬場1-5-12_077-523-2811_

a)京阪電鉄石山坂本線石場駅から0.7km(N26degs.W 0.5km)徒歩9

b)JR琵琶湖線(東海道本線)膳所(ぜぜ)駅・京阪電鉄石山坂本線京阪膳所駅から0.6km(S8degs.E 0.4km)徒歩810分_

駐車場 なし、周辺の公共駐車場を利用_小_大人_

(310)9:00-17:00

(112)9;00-16;00_

月曜日(祝日や振替休日に当たれば開門)(なお4,5,9,10,11月の月曜日は無休で開門する)_

なお俳人墓地は当寺の南方約500mJR膳所駅南側(龍ヶ岡墓地場 馬場2-12-62)や国道1号線の南側(馬場荒堀墓地)にある_{17/02/28}