青森県立郷土館

冷涼な陸奥に素晴らしい土器文化が

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参照(津軽藩A)   参照(漂流民A)  参照(亀ヶ岡式土器B)

 青森市は三内丸山遺跡の発掘で近年、考古学ファンの関心を集めている。この縄文前・中期の大規模な集落跡からは石器や土器のほかに木製品・樹皮製品・漆製品などを含む膨大な遺物が出土した。その発掘成果もやがて整備されると思われる。

 青森県には三内丸山以外にも素晴らしい縄文文化が存在した。すなわち雪深く寒さの厳しい西津軽からは縄文時代晩期を代表する土器が出土した。それは他の地方でも余り見られないほど立派な土器で、亀ヶ岡式土器と命名されている。

 現地には三内丸山遺跡と同様に冷涼な気候が生成した泥炭層が存在した。そのため出土品は土器や石器のほかに、貴重な植物性遺物や漆器までを含んでいた。泥炭層の水分が遺物を腐朽から守ったためだ。

 これらの遺物を見ると、縄文時代の青森県は文化的先進地域だったと認識される。縄文時代のある時期には関東地方と青森県は全国的にも人口の集中した地方だったとの推定もあり、文化の発達も当然だと納得される。

 亀ヶ岡文化は東北地方から始まり、北は北海道から南は中部地方までに広がった縄文時代でもっとも高度に発達した文化とされている。宇宙人を思わせる遮光器土偶はここからも立派なものが出土しているが、これはまじないの目的で作られた物という。

 「青森県立郷土館」は古代遺物の素晴らしい展示のほか、青森県の歴史、ブナやヒバ林で代表される森と動植物、風雪で厳しい風土の中での暮らし、三方を海で囲まれた美しい自然と四季、北方文化圏との交流、リンゴ産業の生い立ちと消長などを扱い、その展示内容は豊富で興味深い。

 青森県は本州の北端にあって北海道と津軽海峡で区切られているから、色々な動植物の分布境界地域になっている。幕末から明治の初期に函館に滞在した英国人ブラキストンはシベリアや北海道の自然を探査して、津軽海峡を動植物分布の一つの境界線とした。今日これはブラキストン線と呼ばれるが、当県の自然はある程度その特性を示している。

 文化的にも当県は地理的に北方文化圏と近く、古代にはアイヌ人も居住し、彼等を通じた北方文化圏との交流や影響を受けてきた。中世には津軽半島の豪族安藤氏が日本海周辺に居住する諸民族との活発な海外交易を行なっていた。

 しかし江戸時代になると鎖国によって、北辺との交流は断たれ、僅かに北前船の運行やえぞ地の防衛程度に後退した。当館では鎖国によって帰国の道を断たれた南部領下北の漂流民がイルクーツクに定住して日本語を教え、その息子が露日辞典を残したことを紹介している。その辞典は後の外交交渉に役立ったそうだ。

 青森県は江戸時代には津軽藩領と南部藩領に二分されていた。両藩は歴史的経緯から仲が悪かった。さらに地形的気象的な相違も加わり、その習俗からは、あたかも二つの文化圏があるような印象を受ける。その両者の境界は青森市の東方、平内町や野辺地町にあった。そこには現在でも藩境塚が残っているという。

 両藩の不仲は津軽為信が南部氏支配下の津軽から南部勢を駆逐し、津軽統一を果たしたことに始まる。また南部氏は秀吉の小田原攻めの際、下に見ていた津軽氏に先を越されて領土面で不利な裁定を受けてしまった。

 江戸中期に発生した山林の境界争いでも幕府裁定では津軽藩が勝訴し、また江戸後期の家格争いでも津軽氏が比較的によい立場を得た。これらに不満を持った南部藩浪人相馬大作らが参勤交代中の津軽藩主の襲撃を試みたが未遂に終わっている。

 さらに戊辰戦争に際して津軽藩は迷いながらも最終的には官軍側に付き、賊軍・南部側と名目的な交戦をして領地を安堵された。南部藩は無条件降伏に追い込まれた。もっともその後の函館戦争では津軽藩も散々な目に遭い、加増されて得したのは藩主だけで、領民は大きな負担を被った。

 さて当県の代表的な産物リンゴは、1875年(明治8年)に政府から3本の苗木を支給されたのが始まりで、明治10年には初めて結実した。珍しいリンゴは高く売れたから、その栽培に参入する人が相次いだが、明治33年には病虫害で全滅に近い被害を受けた。それを同38年に袋掛けで克服し、農薬の利用も進み今日の姿に発展した。

 当県の冬は豪雪と強い西風で寒く、夏は冷涼な偏東風による冷害が度々やってくる、余り知られていないが、青森市は全国の県庁所在地の中で、もっとも積雪の多い都市だ。このような風土だから昔は農業の難しい土地だった。

 南部側は米が取れず雑穀と馬の飼育で暮らし冷害も頻発した。津軽側では米作は可能だったが冷害もかなりのひん度で起った。寒冷地なのに両藩では農民に木綿の着用を禁じたので、農民は麻衣に刺し子刺しゅうをして耐寒性を向上させて寒さをしのいだ。

 このような厳しい生活条件の下では、独特の民間信仰や民俗行事が生まれる。当館にはオシラ様・カヤ人形・地蔵信仰・イタコ・サンスケなどと様々な民間信仰の展示でそれらを紹介している。

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(作成日: 99/06/17、 更新日:02/10/16 )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

青森県立郷土館_青森県青森市本町2-8-14_TEL 017-777-1585_

a)  青森駅から1.4km(85deg.E 1.2km)徒歩20分、タクシーあり。

b)  青森駅東口のバス停2番乗り場から青森市民バス青柳線で「本町五丁目」下車そば、その他市営バス各線利用可。

c)  あおもりシャトルバスねぶた号「棟方志功記念館前」行きに青森駅7番乗り場あるいは新青森駅東口3番乗り場から利用し「県立郷土館前」下車そば。

d)  JR新青森駅からは奥羽線に乗り換え一駅が青森駅なので、到着後は上記のバスなどを利用するのもよい

駐車場 無料 40台_大_大人子供_

9:00-18:00(5/0110/31)

9:00-17:00(11/014/30)_

12/291/3

臨休(館内整理や企画展・特別展の前後など、大体毎月12回の割合で月曜日・火曜日・金曜日などの場合が多く、年間14日ぐらい。要確認)、館内くん蒸日(2015年は7/17/7だったが今年の予定は要確認)_{17/03/06}