秋田県立博物館

米と杉と鉱山が支えた佐竹藩

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 東北北部にありながら、日本海岸に沿って北上する暖流の恩恵で米作の盛んな秋田県。その民謡はドンパン節に代表されるように派手でにぎやかだ。

 古来、幾多の冷害に苦しんできた岩手県や青森県の太平洋側の民謡が哀調を帯びている。ところが秋田県は日本有数の豪雪地域で、冬季は晴天に恵まれない風土なのに、民謡が明るいのは物産豊かで食い詰めなかったからだろうか。当県の海岸を暖かい対馬海流が北上しており、また夏季に北奥羽を襲う冷涼な北東風・ヤマセも奥羽山脈に遮られて当県にはそれほど影響を及ぼさなかった。

 「秋田県立博物館」は秋田市の郊外の小泉潟公園内にあり、秋田県の自然・考古・歴史・産業・民俗などをテーマ別にパネルやジオラマ、視聴覚設備などで説明すると共に、関係資料や美術品を展示して、県の姿を総合的に紹介している。現在は少しずつリニューアル中だ。分館として重要文化財の寄棟茅葺(よせむねかやぶき)農家・奈良家住宅も保存されている

 また当館には菅江真澄資料センターも併設されている。菅江真澄(17541829)は江戸後期の旅行家で日本民族学の祖といわれている人だが、秋田県内の風俗や風景を愛して長く滞在し、それらを詳しく正確な挿絵と文章で記録を書き残した。

 秋田県は米の産地として知られるが、また林産物や鉱産物にも恵まれている。東北各地との交流は山地で地形的に遮断された上に冬季の豪雪で阻まれた。その代わり、日本海海運が活発に行なわれ、これによって上方文化の影響を強く受け、独特の民俗文化を育んだ。

 林産物に関しては、秀吉の命で秋田杉が上方へ移出されるほどだったから、江戸時代にも大切に植林され主要産物となっていた。また当県の地質的特性から鉱産資源の種類は多く、名を知れた鉱山が幾つもあって最近まで稼働していた。例えば小阪・院内・尾去沢・阿仁などの鉱山である。また大正・昭和期には石油も産出した。

 江戸時代を通じて当地を支配した佐竹藩は、これらの豊富な天然産物によって大いに潤ったが、その代わり見るべき二次産品は開発されなかった。そのため経済的には後進地域にとどまり、また文化的にも小野田直武や藩主の佐竹曙山(しょざん)が描いた秋田蘭画が目に付く程度だった。民謡は景気がよいが、この傾向は今でも続いていると思う。

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(作成日: 00/06/17、 更新日: )

 

(施設情報参考)名称_住所_電話番号_駅からの概算路線距離(駅からの概略方位と直線距離)・所要時間・バス_展示規模_対象_開館時間(受付終了時刻)_休館日_備考_{施設情報確認日}開閉館時間と休館日はよく変るし臨時休館もある。事前確認が賢明

 

秋田県立博物館_秋田市金足鳰崎字後山 52_TEL 0188-73-4121_

a)JR奥羽線・男鹿線追分駅から1.7km(NE 1.1km)徒歩22分、タクシーあり。

b)秋田駅からバス利用なら秋田中央交通五城目線で「金足農業高校入り口」下車後徒歩15分、

c)秋田駅から博物館を通る予約式乗合タクシーも運行している、時刻表や予約法は秋田市HPを参照_

駐車場 普通車191台無料_大_大人子供_

9:30-16:30(4/110/31)

9:30-16:00(11/13/31)、_

月曜日(祝日や振替休日と重なる場合は開館し、その次の平日に休館)

12/281/3、くん蒸消毒の期間(16年度の例は9/019/08)、臨休あり_{17/01/13}